闘わなかった義父

亡くなった人の話なので、読みたくない方はスルーしてください。

本

「患者よ、がんと闘うな」を買ったのは1996年。
まだ若くて、がんでもない私はこれを読んだ。
病気でもないから、サーッと読んで、検診はむやみにやらない方がいいのか?
健康診断の時でさえ、放射線を嫌がっていた。


その私がお金を払って放射線を浴びることになるとは・・・( ;´ー`)
手術して、放射線もして、薬も飲んで、食べ物も少し気をつけてます。
闘っちゃっている。( ´ー`)いいの、いいの。自分で決めたの。



でも、闘わなくてよかったのだろう・・と思う人もいる。

義父、当時65歳は胃のもたれや、その辺りの圧迫感で町医者に行った。

大学病院を紹介されて検査。
義母だけ違う部屋に通されて、
「余命半年です。」と告知された。

義母はセカンドオピニオンではなく、
情報を持たずに、もう1件病院に行かせた。

そこでも余命半年と告げられた。

C型肝炎ウイルスによる肝硬変、肝細胞がん。
C型肝炎に感染していることも、この時まで知らなかった。


1999年だった。
この時もネットで色々と調べた。


医師からがんの大きさが、大人のこぶし大もあると告げられた。
医師の勧めで、1度だけエタノール注入法をした。
大きいがんには足りないエタノールだったと思うが、
その時の痛みが激しく、本人が嫌がったため、治療はしないことになった。


義母は本人に告知しないで欲しいという希望を医師に伝えて、
肝硬変という病名で、痛み止めだけで家で過ごしていた。
普通に食事をして、普通に買い物に出かけたりしていた。
がんと闘わない日々だった。



余命半年と言われてから、2年半が過ぎようという頃。

痛みが強くなって入院。
腹水も溜まり、食事も取れなくなった。
だが、緩和治療がうまくいっていたようで、とても痛がったのは
2日間ほどだった。



眠るような日々が続き、最後は病状が急変して亡くなった。



最後の食事は私が持って行った、アイスだった。
溶かしてソフトクリーム状にして口へ運んだ。
「うまい!」と目を閉じたまま笑った。嬉しそうだった。
それが最後の食事となった。


治療内容はそれぞれで、どれがいいとも言えない。
本来は、状態を分かっている本人が決めるのがいいと思う。
充分に考えた答ならば、それでいいと思っている。


義父の場合は、発見が遅かった。
治療をしなかったことが、寿命を延ばしたような気がした。

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風邪は良くなりました~( ´ー`)ありがとうございます。









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